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統治行為論と司法権の関係

国家の行為の中で、高度な政治性を持つ国家統治の基本に関するものについては、仮に法律上の争訟になっても司法審査の対象から除外する、つまり裁判所が判断を下す対象にしないという理論が統治行為論です。
法の支配の徹底を要求する日本国憲法の下では、訴訟がありながら司法権が及ばない対象は、各機関の自律権や自由裁量の範囲にある事柄以外には認めるべきではないという有力な否定説もありますが、多数説は統治行為論を認め、判例でも採用されています。
純粋に統治行為論を採用した判例は、衆議院の解散の合憲性判断を避けた苫米地事件上告審判決のみとされますが、自由裁量論と組み合わせて独自の論理展開で日米の安全保障条約が合憲か違憲かの判断を避けた砂川事件上告審判決や、他にも援用や言及を行った判例が存在します。
肯定する説の主なものとして、まず民主的基盤の弱い機関である裁判所は、民主主義に基づく日本で政治性の高い国家行為を判断するには馴染まないという「内在的制約説」があります。
他に、裁判所が判断を下すことによる政治的混乱を避けるため自制すべきだという「自制説」があり、また両説を併せた折衷説も存在します。
統治行為論を認める場合でも、対象とすべき高度な政治性を有する統治行為の基準は何かなど議論のあるところです。}PgžxQ

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